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住まいづくり編

設計した住宅を「作品」と呼ぶこと

 

私が住宅設計の仕事を始めてから、○十年たちますが、ずっと気になっていることがあります。

それは建築家や設計事務所の設計士(以下まとめて建築家という)などの中に、自分の設計した住宅を「作品」と呼ぶ人が、少なからずいることです。

 

「作品」という語を広辞苑で引きますと、「製作物。主に芸術活動によって作られたもの。」と書いてあります。

確かに住宅は「製作物」ですし、良いものを作ろうと思えば、内外装に優れたデザイン性が求められますから、住宅を「作品」と呼ぶことは、あながち間違いとは言えないと思います。

しかし私には何か抵抗があります。

 

工務店やハウスメーカーが、自社の建てた住宅を「作品」と呼ぶことは少ないと思うのですが、建築家が自分の設計した住宅に「作品」という言葉を使うと、そこに、建築家の作る住宅は、一般的な住まいとは違った、何か特殊なものなのだという観念が生じてきて、それを一般の人に植え付けてしまうような気がします。

 

私は、工務店やハウスメーカーが設計施工一括で作る住宅も、建築家が設計監理する住宅も、物としての住宅として根本的な違いがあるとは考えていません。

しかし、それを作るシステムとプロセスにおいては、大きな違いがあると思います。

建築家(設計事務所)が設計監理を行うというシステムとプロセスによって、物としての住宅が、よりクライアントの希望に沿った良質のもの(経済性も含めて)となっていきます。

(連載の(9)「設計と施工を分離する」も御覧ください。)

 

それは、この連載の各章に、通奏低音として流れている共通の考えです。

そういった家づくりの捉え方に、「作品」という言葉は、どうもそぐいません。

 

そもそも「作品」という言葉には、なにか、施主の土地とお金と住居の必要性を利用して、建築家が自分のデザイン表現意欲を満足させるというニュアンスが付きまとっていて、私には首肯できないのです。

そのことによって、一般の方が、建築家が住宅を設計することの意味を、誤って捉えられることを私は懼れます。

 

誰にとっても、どんな住まいにとっても、建築家(設計事務所)が設計・監理者としてそれに携わるのは、たいへんプラスになる良いことなのだということを、多くの人に知っていただきたいと思います。

そして、それが日本における家づくりにおいても、当たり前のことになってほしいと願っています。